大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)1615号 判決 1968年6月05日

原告(被控訴人・附帯控訴人) 清原力

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 平田奈良太部

同 山中順蔵

株式会社中川木材店承継人

被告(控訴人・附帯被控訴人 株式会社中川木材店

右代表者代表取締役 中川藤一

右訴訟代理人弁護士 中村健太郎

同 中村健

主文

一、1、原判決の主文第一項を、次のとおり変更する。

被告は原告清原に対し、三四三万七、〇六四円およびこれに対する昭和三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。原告清原のその余の請求を棄却する。

2、原告平田に対する本件控訴を棄却する。

二、1、被告は原告清原に対し、四九万円および内金一五万円に対する昭和三九年六月一五日から、内金三四万円に対するこの判決言渡しの日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2、被告は原告平田に対し、六万円および内金三万円に対する昭和三九年六月一五日から、内金三万円に対するこの判決言渡しの日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3、原告らの附帯控訴によるその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、第一、二審を通じ、原告清原と被告との間に生じた分はこれを二分し、その一を被告の、その余を同原告の負担とし、原告平田と被告との間に生じた分はこれを七分し、その六を被告の、その余を同原告の負担とする。

四、原告らの勝訴部分に限り仮に執行できる。

事実

第一、原判決主文と当事者の申立

(原判決主文)

一、被告は原告清原に対し、三七九万六、二六六円およびこれに対する昭和三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告平田に対し、三四万六、二〇七円およびこれに対する昭和三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決一、二項は仮に執行することができる。

五、ただし、被告が、一項については三〇〇万円、二項については二〇万円の担保を供するとき、右仮執行を免れることができる。

(被告が当審で求める裁判)

一、原判決を取消す。

二、原告らの請求を棄却する。

三、訴訟費用は一、二審とも原告らの負担とする。

附帯控訴につき

一、本件附帯控訴による請求を棄却する。

二、附帯控訴費用は原告らの負担とする。

(原告らが当審で求める裁判)

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は被告の負担とする。

附帯控訴につき

一、被告は原告清原に対し、四九二万三、五五〇円およびこれに対する昭和三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告平田に対し、八万円およびこれに対する昭和三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、附帯控訴費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

第二、当事者双方の主張

次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりである。

(被告の主張)

一、原告ら主張事実中、株式会社中川木材店(後記合併前の会社―以下単に中川木材と略称する)が本件事故車を所有し、自己の営む木材商の業務のために、運行の用に供していたとの点および中川木材が竹並国次郎を雇用していたとの点は否認する。原審において右各事実を認めたのは、真実に反し、かつ、錯誤に基づいたものであるから撤回する。本件事故車は訴外中川木材運輸株式会社(以下単に中川運輸と略称する)が所有し、その運送事業の用に供していたものであり、竹並も右会社に雇用されていたのである。

二、本件事故発生は、原告清原の左記運転上の重大な過失に起因し、竹並には何らの過失もない。

(一)、原告清原は、

(1)、事故当日早朝から魚釣りに行き、真夏の海上に長時間いて、疲労し、正常な運転ができないおそれがある状態で運転した。(事故当時施行の道路交通法六六条違反)

(2)、事故発生直前に先行車を追越すべく、自車がこれと並進状態となったとき事故車との距離が僅か七・八〇メートルしかなかったのに、本件道路のセンターライン(片側の幅員が五・五〇メートルあった)を越える追越しを敢行した。(同法一七条四項四号、二八条三項違反)。

(3)、右追越しの際、左手だけでハンドルを操作していた。(同法七〇条違反)

(4)、しかも衝突するまでブレーキをかけなかったか、かけていたとしても突走していて衝突するまで制動がきかず、従って、事故回避のための適切な措置をとらなかった、

(二)、これに比べ、竹並は、制限速度を遵守し、道路のセンターラインの〇・七五メートル内側を走行していたのであり、本件事故発生地点附近の道路は片側の幅員が五・五〇メートルあるので追越しをする場合にはセンターラインを越えることを禁じられていたのである。竹並としては、原告清原のような、対向車が接近しているのにセンターラインを越えてまで追越しをするという交通法規を無視する車のあることまで予想して運転すべき注意義務はない。また竹並は、とっさに急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切ったが、左側に自転車が並進していたためもあって十分に左に寄れなかったもので、事故回避のため可能な限りの措置をとっており、全く過失がないといわねばならない。

三、本件事故発生と原告清原の片腕切断とには因果関係がない。同原告は、特に運転に注意を要する追越しをする際、法規に違反して右腕を窓から車外に出して、片手運転をしていたのであるが、同原告運転の車は本件事故によりボンネット等を破損しただけで運転台を破損しておらず、また運転台のドアもとれていないので、もし、同原告が当然の義務である両手運転をしておれば、腕を切断されるようなことはなく、軽傷ですんだ筈である。これは車の破損個所、同乗者の傷害程度、原告清原の右腕以外の傷害程度等を考慮すれば、極めて明らかである。従って、本件事故発生と同原告の右腕切断とは相当な因果関係にないものであり、この点からも右腕切断に対する竹並の責任は否定されるべきである。

四、中川木材は昭和(以下昭和を略す)四二年一〇月二〇日中川運輸に吸収合併され、同日これによって解散した。従って、合併会社である被告が中川木材の権利義務を承継したけれども、中川木材は本件事故につき何らの責任、債務を負わないものであるから、これを承継するに由なく、また、原告の本訴請求は合併前の中川運輸に対するものでないから合併後の被告に対しても失当である。

被告は合併の翌二一日商号を中川木材株式会社と変更したが、その後更に現商号株式会社中川木材店と変更した。

五、原告の附帯控訴による新請求に対する主張

(一)、原告らがその主張の日弁護士平田奈良太郎に本件訴訟を委任し、その主張のとおり手数料を支払い、かつ、報酬契約を結んだことおよび右手数料額が相当であり、報酬額については勝訴額の一割の範囲が相当額であることを認める。

(二)、従前主張のとおり中川木材には何らの責任がない以上、原告らの新請求もまた理由がないが、仮に被告に対する損害賠償請求権が生じたとしても、右請求権は左記のとおり時効によって消滅したものであるから、被告はここに右時効を援用する。

(1)、本件事故は、三八年七月二八日に発生し、原告らはその事故によりそれぞれ傷害を負ったが、原告両名とも、その時各自の傷害に基づく損害の発生を知り、かつ、加害者についても遅くとも同年一〇月一日までには知りえたから、その時より本件附帯控訴提起の四一年一一月二日までに既に民法七二四条所定の時効期間三年を経過していることが明らかである。

(2)、右法条にいう「損害を知る」とは、必ずしも損害の程度および数額を知ることを要せず、加害者および損害の発生したことを知ればよいのである。(大判大正九年三月一〇日、昭和一五年八月一九日言渡各判決参照)

(3)、原告清原は、第一審において、得べかりし利益の喪失により全損害額を一、一二八万三、六五一円と明示し、その内金一五〇万円だけを請求したのであるから、右訴の提起による消滅時効中断の効力は、右当初請求金額の範囲に限って生じ、残部には及ばないものである。(最判昭和三四年二月二〇日言渡判決参照)

(原告らの主張)

一、被告の前記自白の撤回には異議がある。のみならず、右撤回は時機に遅れているから却下を求める。

二、仮に、被告主張のように、本件事故車が中川運輸の所有であり、かつ、竹並も中川運輸の被用者であったとしても、左記諸事実に照すと、中川木材は自己の営業のために、竹並を使用して本件事故車を運行の用に供していたものというべきである。

(1)、中川木材は、本件事故車を自己の自家用車として登録申請し、三五年九月一七日大阪府知事から使用者を中川木材、使用者の根拠の位置を使用者の住所大正区今木町二丁目一〇番地と同じとの条件で自動車検査証の交付を受けた。

(2)、中川木材は、本件事故車につき、自動車損害賠償保障法(自賠法と略称する)に基づく自動車損害賠償責任保険契約を締結し、同法三条の賠償責任を負担することを表明していた。

(3)、中川木材と中川運輸との関係は、本件事故当時、前者は木材の売買および輸出入、木材用機械の輸入および販売等を、後者は木材の運送、木材の整理および積込等(事故後の三九年五月一〇日に一般区域貨物自動車運送事業(限定)、木材の整理および積込等に変更)を営業目的とし、いずれも設立以来中川藤一が代表取締役に就任し、同人の個人経営にも等しい姉妹会社である。中川木材の営業用の木材・機械等はすべて中川運輸が運送していた。

(4)、中川木材は中川運輸に自己の営業所の土地および事務所の一部を賃貸し、従って両者の事務所が同一建物内にあり、従業員としてもいずれに雇用されているのか判然としない状態であった。

(5)、本件事故車は、車体の両側面および後部に中川木材の商号である中川木材店なる表示をしていた。

三、中川木材は四二年一〇月二〇日中川運輸に合併せられ、合併後の中川運輸(被告)が中川木材の権利義務を承継し、商号を中川木材株式会社としたが、更に同月二一日現商号に変更した。

従って、仮りに前項の主張が理由ないとしても、合併後の被告は合併前の中川運輸の権利義務も承継しているのであるから、中川運輸の従業員であった竹並の過失による本件事故について、使用者として、および自賠法三条の責任を免れることができない。

四、附帯控訴による新訴の請求原因

(一)、原告清原

(1)、本件事故により従前主張のほかに次の損害を蒙った。即ち原告清原は三九年六月九日弁護士平田奈良太郎に本件訴訟を委任し、同日その一、二審を通じての手数料として一五万円を支払い、かつ、勝訴報酬として五五万円の支払いを約した。

(2)、従前主張の逸失利益による損害額を原判決認定のとおりの九一六万〇、六一四円と改める。

(3)、従って、右逸失利益と従前主張の療養費二九万六、二六六円、慰藉料二〇〇万円の合計一、一四五万六、八八〇円の損害を蒙ったこととなるが、同原告にも若干の過失があったとして、これを三〇パーセントとみれば、被告は七〇パーセントで八〇一万九、八一六円を負担すべきである。

(4)、よって、被告に対し、本件損害賠償として新に、右八〇一万九、八一六円から原審で請求し全部認容された三七九万六、二六六円を控除した四二二万三、五五〇円と前記弁護士費用計七〇万円の合計四九二万三、五五〇円およびこれに対する三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を拡張請求する。

(二) 原告平田

(1) 本件事故により従前主張のほかに次の損害を蒙った。即ち、原告平田は三九年六月九日弁護士平田奈良太郎に本件訴訟を委任し、同日その一、二審を通じての手数料として三万円支払い、かつ、勝訴報酬としては五万円の支払いを約した。

(2) よって、被告に対し、本件損害賠償として新に、右八万円およびこれに対する三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを拡張請求する。

五、原告らが新に右請求する損害賠償債権の消滅時効期間の起算日は、次のとおりであるから、いずれにしても本件附帯控訴を提起した四一年一一月二日までにいまだ三年を経過していない。

(一)、原告清原の損害額および過失相殺額が正確に判明した原判決送達の日。

(二)、そうでないとしても、原告清原の傷害の部位程度が判明した診断書(甲一号証)の作成された三九年五月二二日。

(三)、そうでないとしても、原告清原の通院の最後の日である三八年一一月一五日(同日を基準として、損害額その他すべての計算の基礎が判明したので、この時損害を知ったというべきである)。

四、原告らの弁護士費用については、第一審の訴訟委任をした三九年六月九日。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、事故の発生

三八年七月二八日午後二時四〇分頃、泉佐野市下瓦屋町五八六番地先国道二六号線上センターライン附近において、右道路を南進中の竹並国次郎の運転する自家用貨物自動車六屯積み「いすず」六〇年式大一せ三八六四号(本件事故車という)と、北進中の原告清原の運転する自家用貨物自動車「ダットサン」六〇年式大四に九三三五号(原告車という)とが衝突し、そのため、原告清原および原告車の助手席に同乗していた原告平田が、それぞれ受傷したことは当事者間に争いがない。

二、被告の運行供用者としての責任

被告は、原告において、中川木材がその営む材木商の業務のため本件事故車を運行の用に供している者であることおよび竹並国次郎を自動車運転手として雇用していたことを認めながら、当審において、これを撤回して右事実を否認し、原告らは、右自白の撤回に異議を留め、かつ、これは時機に遅れているとして却下を求めた。

≪証拠省略≫によると、本件事故当時、本件事故車は中川運輸の所有であり、竹並国次郎も中川運輸に自動車運転手として雇用されていたものであることを認めることができる。しかしながら

≪証拠省略≫を総合すると、

(1)、中川木材は二八年一月二九日資本二〇〇万円で木材の売買および輸出入、木材用機械の輸入および販売等を目的として設立され、中川運輸は三五年九月二七日資本一〇〇円で木材の運送、木材の整理および積込等を目的として設立(本件事故後の三九年五月営業目的を一般区域貨物自動車運送事業(限定)、木材の整理および積込等に変更)されたが、両者とも設立以来中川藤一(被告代表者)が代表取締役に就任している。

(2)、中川運輸は、本件事故当時の従業員が約二〇名で使用貨物自動車が六、七輛位の規模の会社で、設立当初から本件事故当時も、中川木材からその事務所の一部を本店および営業所として借受け、(乙三号証の三八年五月三一日現在財産目録に建物の計上がないことからも窺える)、その業務も中川木材の営業用木材等の運送に専従し、従って、竹並ら中川運輸の自動車運転手も中川運輸だけでなく中川木材からも積荷・運送先等につき直接の指図を受けていた。そのため、竹並も本件事故当時は中川木材に雇われているものと思っていて、警察の取調べに対しても同人は中川木材で自動車運転者として働いている旨を供述している。

(3)、本件事故車は、中川木材が設立準備中であった中川運輸のために買い受けたものであるが、中川木材において自己の所有として登録を受け、また、三五年九月一七日大阪府知事から、使用者および所有者を自己とし、使用の本拠の位置を使用者の住所(大正区今木町二の一〇)に同じとして、自動車検査証の交付も受けた。その後同月二七日中川運輸が設立され、本件事故車の所有権も移転されたが、右登録および検査証の記載は、本件事故当時もなお変更されていなかった。そして、車体には中川木材の商号が表示されていた。

(4)、中川木材は、本件事故車につき、事故当時、自賠法に基づく責任保険契約を締結しており、本件事故についても右保険により保険会社から原告清原に対し一〇万円の損害賠償が支払われた。

(5)、竹並国次郎は本件事故の前日勤務し、本件事故車を運転して名古屋へ赴いたが、勤務後車を会社に格納せず、これを運転して仕事先からそのまま帰宅し、同夜は大阪市浪速区大国町一三一の二三所在の自己のアパートわきに駐車していた。そして事故当日は勤務が休みだったので本件事故車を使用して海水浴に行くべく、勤め先に電話してその了承を得、午後一時頃これを運転して海水浴場に赴く途中、本件事故を惹起したものである。ことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の認定事実に弁論の全趣旨を総合すると、中川運輸は中川木材とは法律上別個の独立した会社であるけれども、設立以来少くとも本件事故当時までは、その実体は中川木材の疵護と支配を受け、いわばその一事業部(運送部)ともいうべき存在に過ぎず、従って、本件事故車の一般的運行についても、中川木材が少くとも中川運輸と同一の立場でこれを支配し、かつ、その利益を享受していたものと解するのが相当である。そして、本件事故当日は、前示のとおり竹並が私用の目的で運行したものであるけれども、反面、会社が、運転手において勤務終了後車を会社の車庫に格納せず、自ら保管することをも容認していたと認められるから、私用運転の一事をもって、中川木材および中川運輸の前記運行支配を脱したということはできない。

そうすると、被告の前記自白の撤回の許否を決するまでもなく、中川木材は、自賠法三条により本件事故車の運行供用者として、免責事由を立証しない限り、本件事故による原告らの受傷の損害を賠償すべき責任があるといわねばならない。

三、本件事故の責について

≪証拠省略≫を総合すると、

(1)、竹並国次郎は、本件事故発生直前前記事故現場附近道路(速度制限時速四〇キロメートル、幅員一一メートル)において、本件事故車(車の長さ七・六〇メートル、幅二・二四メートル)を運転して南に向い、折から道路左側寄りを先行する普通乗用車の右後方を追従し、道路のセンターライン寄り(その内側約〇・一〇ないし〇・一五メートル)を時速約四〇ないし四五キロメートルで進行中、前方約八五メートルに原告清原の運転する原告車(車の長さ四・〇四〇メートル、幅一・四六六メートルのダットサン六〇年式貨物自動車)が対面して、先行する軽三輪自動車を追越すべくセンターラインから反対側にはみ出して進行して来るのを発見した。竹並は、原告車が自車と離合するまでには当然センターラインの内側に戻るものと軽信してその動向を注視せず、却って自車の前記先行車に気をとられ漫然センター・ライン寄りをそのまま約三〇メートル進行し、原告車がセンターラインの反対側にはみ出たまま約一三・四メートルの目前に進行して来たのに気づき、とっさに急ブレーキを踏み、ハンドルを左に切ったが、自車の荷台右側前部と原告車の右側前部が接触し(本件事故車の右後輪のスリップ痕がセンターラインの内側約〇・七五メートルの位置に長さ約六・二〇メートルのこっており、右スリップ痕跡上に原告車の右側タイヤ痕が長さ約〇・三メートルのこっていた)、原告車が路上に横転した。そして、原告らは後記のように傷害を受けた。

(2)、原告清原は、自車の前記先行車を追越そうとしたとき、前方約一〇〇ないし一二〇メートルに本件事故車が対面して進行して来るのを発見したのであるが、別段気に留めず、無謀にも右手を右ドアの窓枠にかけて左片手でハンドルを操従し、速度を時速五〇ないし六〇キロメートルに上げ、しかも、センターラインから右側にはみ出して右先行車の追越しを敢行したが、センターラインの内側に戻れないうちに本件事故車が目前に迫って来たため、狼狠してブレーキを踏むこともハンドルを切ることもできなかった。

ことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実によると、原告清原の右運転が法令に違反し、かつ、自動車運転者としての注意義務にもとっていることを認めるに十分である。けれども、竹並の運転についても、約八五メートルの近距離において、先行車を追越すべくセンターラインからはみ出して対面進行して来る原告車を現認したのであるから、このような場合は当然原告車が速かにセンターラインの内側に戻るかどうかに注意し、その進路を見きわめて、これに対応して自車の進路を左寄りに避譲させる等適宜の措置を執り、衝突事故等の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、原告車の動向から目を離し、漫然センターライン寄りを進行した点に過失があるといわねばならない。

なお、被告は、本件事故発生と原告清原の右腕切断とには因果関係がないと主張し、前示のように同原告には事故直前右手を右ドアの窓枠にかけて左片手でハンドルを操作するという法規違反が認められるけれども、それだからといって、同原告の右上腕切断創の受傷が本件事故と因果関係がないということはできない。

四、原告清原の損害(弁護士費用を除く)

(一)、(1)、受傷および療養費。

≪証拠省略≫を総合すると、原告清原は本件事故により右上腕切断創、右前胸部裂創兼挫傷、右膝部挫創、頭部挫傷兼脳振盪の傷害を受け、直ちにもよりの有本医院に収容され、右上腕の手術その他の治療を受け、そのまま同医院に同年一〇月九日まで入院し、退院後も同年一一月一五日まで通院加療を受けたこと、同医院における治療費二五万一、八六六円および右入院中必要とした付添婦広野ヨシエの費用四万四、四〇〇円を支出したことが認められる。

右事実によると、原告清原は、右受傷と同時にこれが治療に要する費用として右合計二九万六、二六六円の財産上の損害を蒙ったものと認める。

(2)、逸失利益。

≪証拠省略≫によると、原告清原は一〇年七月二七日生れの健康な男子であって、本件事故当時父や弟妹とともに家庭の米穀商に従事し、右営業により月一〇万円以上の純益があがっていたが、同原告は長男として右営業の中心となり、自ら自動車を運転して外交配達等に携っていたものであり、従って、右純益中同原告の稼働能力に対応する分は月五万円を下らなかったこと、しかるに、同原告は前示右上腕切断のため自動車の運転はもちろん肉体的労働に重大な支障を来たし、従来の労働能力の八割を失ったものと認められる。

そうすると、原告清原は、事故当時二八才であったから平均余命が四一・四七年(厚生省発表第一〇回生命表による)であり、右職種からみてそのうち向後三二年(三八四ヶ月)は稼働できると認められるから、その間毎月四万円(右五万円の八割)の純益を失い同額の損害を蒙ることとなるが、これを受傷時に一時に支払いを受けるものとし、ホフマン式計算法により各月毎に民法所定年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、その額は九一六万〇、六一四円(算式、四万円×二二九・〇一五三五〇三六<月別法定利率によるホフマン係数>=九一六万〇、六一四円<以下切捨>)となるのである。

(3) 慰藉料。

≪証拠省略≫によると、原告清原は、本件受傷により治療期間三ヶ月半余を要し、しかも終生右上腕切断という不具となり、自動車運転等前示稼働能力を失うはもちろん、未婚の青年として筆舌に尽し難い心身の打撃を受けたことが認められ、本件事故の前示原因(原告清原の過失も含む)・態様等諸般の事情を考慮すると、同原告の右精神的苦痛に対する慰藉料としては七〇万円をもって相当と認める。

(二)  過失相殺

本件事故発生の原因については、前示のとおり、原告清原にも本件事故車が近距離の位置に対面進行して来るのを認めながら、法令に違反して道路のセンターラインの右側にはみ出して先行車の追越しを敢行した運転上の過失が認められるので、過失相殺をすべきところ、前記竹並と原告清原の過失の比率は三対七と認めるのが相当である。

従って、原告清原の損害中中川木材にその責を負わせるべき額は、前記(一)の(1)および(2)の合計九四五万六、八八〇円の一〇分の三である二八三万七、〇六四円に同(3)の慰藉料七〇万円を加えた三五三万七、〇六四円というべきである。

(三)  損害の填補

原告清原は、前示のとおり、本件被害につき自動車損害賠償責任保険に基づく損害賠償として保険会社から一〇万円の支払いを受けたので、前記(二)の損害額三五三万七、〇六四円から右一〇万円を控除すべきである。

(四)  してみると、原告清原の損害のうち賠償を請求しうる額は右(三)の損害填補後の三四三万七、〇六四円というべきである。

従って、同原告が当審において拡張請求した部分は、右損害額を超えるものであるから、被告の消滅時効の抗弁を判断するまでもなく失当である。

五、原告平田の損害(弁護士費用を除く)

(一)、(1)、受傷および治療費。

≪証拠省略≫を総合すると、原告平田は本件事故により前頭部打撲傷兼脳振盪の傷害を受け、直ちに前記有本医院に収容されて応急処置を受け、翌日堺市所在の浜寺中央病院でレントゲン検診および治療を受け、その後同年八月五日から同年一〇月一五日まで居町所在の吉川診療所に通院加療を受けたこと、右浜寺中央病院における治療費三、一〇六円および右吉川診療所における治療費三、一〇一円を支出したことが認められ、右事実によると、原告平田は右受傷と同時に、これが治療に要する費用として右合計六、二〇七円の財産上の損害を蒙ったものと認められる。

(2)、逸失利益。

≪証拠省略≫によると、原告平田は本件事故当時呉服の行商に従事し、一ヶ月平均八万円の純益があったが、右受傷による療養のため同年一〇月末まで三ヶ月間の休業を余儀なくされ、このため二四万円の得べかりし利益を失い、同額の損害を蒙ったものと認められる。

(3)、慰藉料。

≪証拠省略≫によると、原告平田は九年生れで、健康であり、妻帯し一子をもうけているが、右受傷が頭部であってその治療に約三ヶ月も要したことから少なからぬ精神的苦痛を蒙ったもの認められ、これに対する慰藉料としては一〇万円をもって相当と認める。

(4)、従って、原告平田に対し中川木材は右(1)ないし(3)の合計三四万六、二〇七円の賠償義務があるというべきである。

六、原告らの弁護士費用負担による損害

(一)、原告らが三九年六月九日弁護士平田奈良太郎に本件訴訟を委任し、その一、二審を通じての着手手数料として、原告清原において一五万円、原告平田において三万円を支払い、かつ、勝訴した場合の報酬として原告清原において五五万円、原告平田において五万円の支払いを約したことは当事者間に争いがない。そして、本訴の右各手数料の額が相当であり、勝訴報酬としては勝訴額の一割の範囲内が相当であることは被告の認めるところである。また、日本弁護士連合会の報酬基準規則に定める手数料および謝金の基準はこれを上回るものであり、同会交通事故処理連絡委員会の報酬に関する通達によると交通事故処理委員会を通じた場合の手数料は訴額の五分、謝金は一割と定められていることは顕著な事実である。

交通事故において、加害者が被害者の賠償請求に対し任意に応じないときは、通常弁護士に訴訟を委任しなければ権利の実現が困難であるから、これに要する弁護士費用は事故と相当因果関係に立つ範囲内において、加害者の負担すべき損害と解すべきところ、前段の争いのない事実、顕著なる事実に、本件請求額、認容すべき額、事案の難易等の事情を合せ考えると、原告らが前記平田弁護士に対し負担するに至った手数料・報酬支払債務のうち加害者に賠償させるべき範囲は、原告清原について認容額の約一割にあたる三四万円の報酬と前記手数料全額一五万円の合計四九万円を、原告平田について認容額の約一割にあたる三万円の報酬と前記手数料全額三万円の合計六万円をもって相当と認める。

(二)  被告の消滅時効の主張について

前記弁護士費用負担による損害は、本件受傷による治療費等の直接損害とは異なり、加害者が損害を任意に賠償しないため、訴訟提起を弁護士に委任して始めて生ずるものであるから、原告らにおいて本訴提起を前記平田弁護士に委任した時が民法七二四条にいう「損害ヲ知リタル時」に当るものというべきである。そして、右委任の日が三九年六月九日であることは当事者間に争いがなく、原告らが本件附帯控訴により右損害賠償を請求した日が右翌日から約二年五ヶ月を経過したに過ぎない四一年一一月二日であることは記録上明らかであるから、被告の右抗弁は理由がない。

七、被告の合併による承継

中川木材が四二年一〇月二〇日中川運輸に吸収合併せられ、合併後の中川運輸(被告)が中川木材の権利義務を承継し、商号を中川木材株式会社とし、更に、現商号に変更したことは当事者間に争いがないから、中川木材の前示損害賠償債務も被告に承継されたものといわねばならない。

八、結論

以上により、原告らの本訴請求は原告清原については、前示療養費・逸失利益・慰藉料等の損害三四三万七、〇六四円およびこれに対する本件事故の日以後である三九年六月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金ならびに前示弁護士費用負担による損害四九万円および内金一五万円(着手手数料)に対してはこれを支払った前示訴訟委任の日以後である三九年六月一五日から、内金三四万円(報酬)に対してはこの判決言渡しの日から(厳密にいうと、右三四万円から、この支払債務を負担するに至った前示訴訟委任の三九年六月九日からこの判決言渡しの前日までの間の中間利息を控除した額に対する右三九年六月九日以降というべきであるが、その結果に大差がない。)、いずれも完済まで前同年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告平田については、前示治療費・逸失利益・慰藉料等の損害三四万六、二〇七円およびこれに対する前同様三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金ならびに前示弁護士費用負担による損害六万円および内金三万円(着手手数料)に対しては前同様三九年六月一五日から、内金三万円(報酬)に対しては前同様この判決言渡しの日から、いずれも完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める限度において正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。(なお、原告清原は、最初三七九万六、二六六円の損害賠償を訴求し、その内訳として、逸失利益による損害総額一、一二八万三、六五一円のうち一五〇万円、療養費全額二九万六、二六六円、慰藉料全額二〇〇万円と主張しているが、その趣旨は、右療養費および慰藉料が全額認容されることを前提として右逸失利益を請求三七九万六、二六六円に合致させるべく一五〇万円と主張しているに過ぎなくて、仮に、療養費や慰藉料が全額認容されない場合には、逸失利益については一五〇万円にとどまらず右総額の範囲内で右請求額に達するまで、右認容された療養費・慰藉料の額との差額を請求しているものと解する。)

そうすると、原判決の原告清原に関する部分(主文第一項)中、被告に対し右三四三万七、〇六四円およびこれに対する三九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払いを命じた部分は相当であるから、この部分に対する被告の控訴は理由がないが、その余の部分は不当であって、この部分に対する被告の控訴は理由があるから、原判決主文第一項を主文第一項1のとおり変更することとし、原判決の原告平田に関する部分は相当であって、被告の同原告に対する控訴は理由がないからこれを棄却することとする。原告らの附帯控訴による請求は、原告清原について右四九万円および内金一五万円と内金三四万円に対する各前示限度の遅延損害金の支払いを求める部分を、原告平田について右六万円および内金各三万円に対する各前示限度の遅延損害金の支払いを求める部分を、それぞれ認容し、その余の部分をいずれも棄却することとする。よって、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 前田覚郎 新居康志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例